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侍ジャパン 成功の歴史

侍ジャパン 成功の歴史
19/11/2019
プレミア12 2019の勝利で日本野球代表チーム・侍ジャパンはまた一つ新たな栄光の歴史を刻んだ。

1872年に当時の東京開成学校予科で英語教師ホーレス・ウィルソンが初めて日本人に野球を教えた時、将来日本がWBSC 野球世界ランキングでアメリカの上に立つなどとは想像していなかったに違いない。しかし、2014年12月31日日本は初めてアメリカを制して世界の頂点にたった。

アメリカと日本はWBSC野球世界ランキングで互いに1、2位を争いあって来た。そして2019プレミア12の日曜日の決勝では韓国を下して世界王者に輝き、アメリカは4位に終わった。

日本の世界一に上りつめるまでの道のりは長かった。日本のプロ野球史は1920年まで遡る。当時、正力松太郎氏が創設した大日本東京野球倶楽部がベーブ・ルースやルー・ゲーリックのいるアメリカのオールスターチームを招聘。この試合が興行的に成功して、最初のプロ野球リーグ創設を後押し(1936年)した。このリーグはのちに2リーグに分かれて、どちらも1950年に日本野球機構(NPB)の傘下となった。

もう一つの転機は日米大学野球シリーズの開始だ。1964年の東京オリンピックで模擬試合が行われる前に藤田信男やロッド・ディードーなどの尽力で実現した。

日本はワールドカップの前身となるアマチュア・ワールドシリーズで国際舞台に登場した(1972年より野球ワールドカップに改名)。その4年後、日本は銅メダルを獲得。1980年に日本で開催された野球世界選手権大会(アマチュア・ワールドシリーズと分かれて行われた非公式の名称)でも日本は3位を獲得した。

日本は1994年、2003年、2007年でも銅メダルを獲得。開催国の韓国が優勝した1982年で自国最高順位の銀メダルを達成した。

日本はオリンピック野球大会全てに出場。日本代表チームは、1984年のロサンジェルスオリンピックでの公開競技で日本を下しアメリカを震撼させ、1988年のソウルオリンピックでも2位に入った。

オリンピックでメダルを逃しのは、シドニー2000と北京2008の2大会。1996年アトランタではキューバについで2位で銀メダルを獲得した。日本は1992年と2004年も銀メダルを獲っている。

アテネオリンピックでは日本は優勝候補と期待されていたが、オーストラリアが準決勝で日本に勝利し世界を驚かせた。アテネオリンピックでオーストラリアに負けを喫した松坂大輔は、その後ボストン・レッドソックスでワールドシリーズ優勝を果たしファンから「Dice-K 」と呼ばれ親しまれる。

プレミア12 2015でも日本はファンからの期待を裏切る結果に終わった。アテネオリンピック同様、優勝候補の日本が準決勝で敗退した。準決勝では韓国が8回日本に逆転勝利し、そのまま優勝まで上り詰めた。日本は3位に終わった。

日本は1973年と1997年に当時あった国際カップで2度優勝し、また1982年、2004年、2013年、2015年にトリプルA野球ワールドカップと呼ばれていたU-18部門で4度2位を獲得している。

アジア野球選手権大会では優勝17回、アジア競技大会では4回金メダル獲得。